柔らかな文字の羅列を撫でる。テンポの良いそれは心地良く、それが"うた"と言われるのは最もだなと考える。深い意味、伝えたいことはきっとたくさんあるのだろう。けれどそれを考えることはしないで、ただただ、ゆるやかな波を辿る。 「やあ」 「ひっ!」 急に自身の肩に現れた手に驚いて、小さな悲鳴を上げた。 「何やってるのかな、さん」 「そ、相馬、さ…」 聞き覚えのある穏やかな声に振り返れば、そこにあるのは同じく穏やかな微笑み。 なんだ、彼だったのか、と安心したのも束の間、手の中の重みを思い出し、慌てて後ろでに隠したけれど、勿論、目の前の人にそんな小細工が通用するはずが無い。 彼は少しの覗いてみせるそぶりすら見せずに 「さんって詩集なんかも買うんだね」 隠したソレを、言い当てた。 「だってそこ、詩集コーナーだし」 どうしてバレたのだ、と考えていたことすらバレていたらしく、彼はにこやかに、背後の棚を指差す。 そこには、親切にも「今月の特集 詩集 心打たれることばたち」と銘打った店員さん手作りのポップが柔らかな色使いで、そこにたっていた。 「ち、違うんです!」 「何が?」 焦って出てきた言葉に、相馬さんは首を斜めに傾ける。 相馬さんが考えていることが何なのかはわからないけれど、何処と無く嬉しそうなその笑顔はとにかく違うに決まっていた。 「これはですね、」 「かわいい表紙だね」 友人待ちの時間つぶしに読んでいただけなのだ、と続けるはずだった言葉は奥へと引っ込む。 たしかに、手に持つソレの表紙は「淡い色使いで描かれたうさぎさん」だ。 そうだろうとも、可愛いだろうとも、そんなものを私なんかが持ってすみません…! 転げまわって、深い穴に閉じこもりたい思いに駆られたけれど、まさかいい年した女が公共の場でソレをするわけにはいかない。第一、本屋にそう都合よく深い穴なんて無い。 「似合わないもの読んでてすみません」 「は、い?」 ぎゃー、と心の中で葛藤していた言葉が、自分の声とは別の声で聞こえて、驚いてその声の主を見た。相馬さんは変わらずにこにことした表情で、人差し指をピッと立てる。 「って顔してるんだもん、さん」 もしかしたら、自身の脳内で自身の心の声が何故だかわからないが相馬さんの声で再生された、ということもあるかもしれないと思っている間に、彼は言葉を続けた。"ということ"なんかあるわけもなく、間違いなく笑顔の人の言葉だった。 くすくすと笑う人に、苦い気持ちを押し潰す。こうも、全て見透かされているようだと、隠すことすらバカらしい。溜息を吐いて、本は平積みされている元の場所へと戻した。 「あれ、買わないの?」 「だから、友人待ってる間の暇つぶしだったんですって」 さっきも言ったでしょう、と言ってから、そういえばさっきは言えなかったことに気付く。言おうと思っただけで、声には出していなかった。しまった、と思い、彼の出方を伺えば、相馬さんはそれすらわかっているかのように、やっぱりくすくすと笑うのだ。
ゆるやかに、ゆるやかに
2010.05.31 title by 赤橙 |