ゆらゆら、オレンジ色の光から白い線が上る。 線香の煙は黄泉の道のりを教えてくれるというが、やはり煙草では俗っぽすぎて、いけないだろうか。 「あれ、さ…」 「あ…」 さようならとてをふりました。 しくじった。明らかに。 休憩時間中、わざわざ裏に出て一服していたのがまずかった。 素直に、更衣室ででも吸っていればよかったのだ。 天井に溜まる煙が余り好きではないから、など、今となっては些細な理由。 それくらい我慢していれば、ゴミ捨てにきた人物に、その現場を押さえられることなど、なかったというのに。 「わぁ、もう持って来てくれたんだ?」 ふんわり、優しく笑った人に悪意があるとは信じられない。いや、実際無いものだと思っていたのだ。人が彼に裏があるだ何だというのは、彼が綺麗すぎる故にの、その人の被害妄想か何かだろうと、思っていたのだ。実際、自分が被害にあうまで、つまり、昨日までは。 「…よく言う」 「え? 何かいった?」 「…」 本当に聞こえなかったのか、それとも聞こえていて忠告の意味での言葉なのか、測りかねて黙り込めば、相馬さんは、不思議そうにきょとりと瞬いて、思い出した、と、口にした。 「あ、そういえば、煙草は…」 「っわー!」 慌てて彼の口を塞いで、回りを確かめる。不思議そうなポプラちゃんと目が合っただけで、他には誰も見えなかった。ポプラちゃんには何でも無いよ、と笑ってアピールをすれば、にこっと笑って彼女はそのまま通り過ぎる。 よかった、と安心して息を吐き出せば、こつこつ、手の甲をノックされて、自分が彼の口を塞いだままだったことに気付く。 「あ、ごめんなさい…」 直ぐにはなせば、ふぅ、と息を吐き出した人が、むっと唇を尖らせた。 「体に悪いんだよ、って教えてあげようと思ったのになぁ…」 「…」 そんなことは、教えてもらわなくても知っている。 というか、この国でそのことを知らない人なんか、一体何人いるというのだろうか。 子供であっても知っている内容だ。ましてや、19ともなれば、知らない人間なんかいるのかと、むしろ逆に問いたい。 「そうですね…」 適当な相槌をかえせば、「だから、やめたほがいいよ?」彼は当たり前のことを言って、首を傾けた。本当に心配そうな表情をするものだから、反応に困ってしまう。こころが、揺らぐ。 少しの間だって、彼に惹かれていたのは事実だ。彼の物腰の柔らかさだとか、綺麗だと思っていたあの笑顔に。実際は、喫煙現場を見て、それをネタに脅すような人だったのだけれ、ど…? 「…あれ?」 「どうかした?」 「あ、いや…」 何故、彼が、喫煙をやめさせるような発言をするのだろう。 あたしが、禁煙してしまうと、彼はあたしを脅すネタが、なくなるのでは、ないだろうか…? もしかして、…いや。そんなわけがない。 彼が実はやっぱりそんなに腹黒い人間ではないんじゃないか、なんて、そんなのきっとただ、わたしがそう思いたいだけなのだ。 「ほら、俺もいつ口がすべっちゃうかわからないし」 「な、ん…あの、相馬さん」 「うん?」 ただの脅し、ともとれる。 だけど、その前に『やめたほうがいいよ?』と彼は言ったのだ。 これだと、早く煙草をやめないとみんなに言っちゃうよ、という脅しになってしまう。 言葉の真意がわからなくて、問い掛けようにも、何と聞いたらいいのか、思い浮かばない。 しかも、目の前の人は裏も表もないようにきょとりと首を斜めに傾けるものだから、よけいに、言葉が出てこないのだ。 「どうかした?」 「あ、と…その本、今月続編が出るんですけど、」 何を言っているのかと、自分でも思う。 出てもいない本の話など、して、何になるというのだろう。 ましてや、彼はまだ一作目すら読んではいないというのに。 「え、貸しくれるの?」 「え…」 いくら言葉が出てこないからといって、あまりにもミステイクな話題の選択。 だけど、予想外に喜ばれて、思わず、こっちが驚いた。 「あれ、貸してくれない?」 驚いて口にした、言葉というにはお粗末なアタシの声を、否定の意味で聞き取ったらしい彼は、しゅん、と哀しそうな表情になる。 それに焦って、慌てて紡いだ言葉。 「ううん、読んでくれたら嬉しいですよ! 一緒に話できますもん!」 必要以上に大きくなった声に、彼も驚いて、目をパチパチとさせた。 いくらなんでも、ここまで主張することはなかった、と、驚いている彼に後悔が押し寄せるももう遅い。 案の定一頻り驚いた彼は、おもしろいものでも見たかのようにふきだした。 「く…ぷふ、あ、ありが…」 それにしても、笑いすぎじゃないだろうか。ある意味でのポーカーフェイスが見事に崩れている。 くそう、と、悔しくなるものの、彼の哀しそうな顔は、我慢のきくものではなかったのだ。 もしかして、喫煙やらなにやらよりも、彼の哀しそうな表情のほうが、あたしには一番の脅しになるんじゃなかろうか… いやな答えにいきついて、ひくり、引き攣った右の頬を押さえる。 「あぁ、ごめん、嬉しかったんだ」 それをどう思ったのか、ようやく落ち着いたらしい人から、謝罪と、それから、如何考えても、嬉しい、言葉が。 まさか、この期に及んで、彼からのそんな一言が嬉しいだなんて… 自分のことながら、愕然とした気分でカバンを握り締める。 「ありがとう」 どこまでもやわらかく微笑む人には、「いえ…」、としか返せなくて、まさか、彼は全て知っているのではないかと、思った。 あたしに、脅しのネタなんてものが必要ないことも、その理由も知っているから、こそ。ある意味での飴と鞭の使い分けをやってのけているのではないか。それは、迷宮に足をつっこんでいるかのような、あまりに、恐ろしい考えだ。救いを求めて、目の前の人を見つめてみたところで、 「ん?」 にこにことした人からは、やっぱり、楽しそうとか、嬉しそうとか、それ以外の何の裏も見出せなくて余計に足をつっこんだ、どころの話ではなく、完全に迷い込んだだけのような気がした。 ( 題:cloudy cloudy / 画:水珠 )
2008.04.26
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