少し遠目に見えた人に、声をかけるより先、奇妙な動きに目がいく。
 空気を掻き交ぜるように両手をぱたぱたとさせているその行為は、不可解極まりない。


「何してるの、さん…」


 少し離れた所から声をかければ、ぴたりその動作をやめて、眉をひそめてみせた。


「…寒いのよ」


 憮然とした表情で返ってきたそれは生憎と、質問の答えにはなっていなかった。


「いやー、流石だね」


 からかうように言えば、「そりゃドーモ」視線も寄越さずに白い息をはきだした。


「あれ、つめたいなぁ」


 むっつりした言い方に笑えば、ちらりとだけこちらを窺った彼女は、何かを言うことは諦めたのか、「さむ…」、小さく零してその白い息を見つめた。
 たしかに、首元が開き気味のその服はこの場ではあまり褒められたものではない。


「寒そうだね…あ、抱きしめてあげようか? あったかくなるんじゃない?」
「今、逆に寒くなったわ…」


 ほとんど予想していた通りの返事にはあらかじめ用意していた返答を。


「まぁ、了解を得る気はさらさらないんだけど」


 言えば、引き攣った笑いかたをした人は、呆れたように吐き出した。


「…訴えられるわよ」
「大丈夫、相手は選ぶから」


 それに、ニコリ、笑ってみせて、ゆっくりと近付く。
 勿論、そのほうが恐怖心を煽られると知ってのことだ。
 だけど、てっきり、照れて逃げ出すだろう、と踏んでいた彼女はといえば、半歩さがっただけで、気に入らないとばかりに、睨み返してくる。
 めずらしい、思って彼女の許容範囲外だろうところまで近付いても、やっぱり彼女の足はそれ以上動かなかった。


「逃げないの?」


 これならどうだろうと、覗き込んで問えば、唇をきゅっと引き結ぶ。かと思うと、一言。


「…喜ばせる気なんかこれっぽっちもないの」


 挑むような言い方に、思わず吹き出した。
 逃げ出したいのを我慢しているのだと、自白しているかのようなその台詞。
 それは残念ながら、俺を喜ばせてしまったわけだけれど、そうでなくとも彼女のそれは少しばかり浅はかではないだろうか。
 俺がSだ、なんだと考えたのだろうが、その前に、抱きしめる、というそれが置き去りにされている。
 なにも、嫌がられたくてそんなことばかりを言っているわけじゃない。それじゃあむしろMになってしまう。手を伸ばせば抱き込める位置まで俺の侵入を許すだなんて、余りにも、


「かわいい、かわいい」


 言ってくしゃりと、柔らかな髪を撫でれば、「馬鹿にして…」彼女は、諦めた、とばかりに、視線を落とし、ため息を生んだ。
 馬鹿にしたわけじゃなくて、本当にそう感じたのだとは、訂正する気は無いけれど。


「Sの愛情表現としては最高級に一般的なんだけど?」
「Sを使えばなんでも許されると思ったら間違いですからね!」


 それでも、険の無くなった視線は、「そもそも、S自体が許せないわ」楽しそうな光を宿す。


「ああ、さんもSだもんね。」


 彼女の表情が一瞬引き攣ったのには、気付かないフリで「Sの子ってさ、服従させたくならない?」つづければ、ニッコリ、彼女から笑顔が返る。


「ちょっと黙れ、このドS」  
「それを言うならさんにだけ特別ドS」「そんな特別嬉しくない…!」

title by 赤橙   2009.11.20