きこ、きこ、自転車を漕ぐ。私のカバンには、お気に入りのクマのヌイグルミが付いていた。往生際の悪いことに、治療されたクマタロンは再度ミサンガに通され、現在私と一緒に登校中だ。
 多少見てくれの悪くなったそれは、ボロと言ってしまばそれまでだろう。しかし、よく考えてほしい。ケースに入れて綺麗なまま飾っておくより、こうして汚れても外さず、壊れても直してつけてるほうが、よほど大切にしているというものではないだろうか。
 そもそも、と言う人もいることだろう。そもそも汚さないように持ち歩けという意見、それはずばりに尤もだ。が、人には向き不向きというものがある。そして勿論この場合、私にそれは不向きすぎるほど不向きなのだからしょうがない。





結 局






 自転車のカゴから斜めに突き出たカバンの先で、揺れにあわせてクマタロンが跳ねる。ミサンガの通っている箇所は、綺麗とは言いがたい縫い合わせ方で治療した。少しばかり糸が見えたり結び目が見えたりしているが、今までのこの短い人生で度々、不器用キングの称号をいただいてきた私にしては寧ろ上出来だと言えるだろう。
 ビョンビョンと跳ねるそれは、今にも、脱走してやると言わんばかりに見える。実際この間抜けなほどぼんやりした顔の彼にそんな意図は無いかもしれない。けれど、彼には前科がありすぎる。私が警戒したからといって、文句を言う権利は彼にはもう無いはずだ。やはり、もうちょっと大人しくしてもらおうと、ぐい、とカバンを押して、向きを変えた。
 多少はマシになったように思う揺れから上げた視線の先に、知ったような影。おや、あれは、と気付いたのとほとんど同時に、影の主が振り返る。目が、あった。


「あら」


 その人は、以前クマタロンを一緒に探してくれた人だった。そして、リョーちん先輩の思い人でもある。私を、憶えていてくれたらしいアヤ子先輩は、私の顔を見て、あの時の、と驚いた表情を作った。


「こ、こんにちは」
「こんにちは」


 慌ててさげた頭に、彼女からは、にこりと輝かんばかりの笑顔が返る。大変まぶしい。
 興味深げに瞳をくりくりとさせた人は、覗き込むようにカバンを確かめた。


「ちゃんとあるわね」


 クマタロンがいるのを確認したのだ。少し悪戯っぽい表情が可愛い。大人っぽいようで、何処か少女のような人だった。


「はい、こいつ問題児で、また」


 いなくなったんですよ、と言う言葉は最後まで出てることができなかった。聞きなれた声と台詞が、聞こえたからだ。


「アヤちゃーん!」


 おはようと駆けてきたのは、勿論リョーちん先輩で、嬉しさを全身で表している人に少しわらう。なんて可愛い人だろうか。これだけ可愛い態度をとっておいて、バスケの時になるとビシッとカッコイイのだから正直やっていられない。惚れるなというのが無理な話だ。
 彼はアヤ子先輩と二言三言話をした後に、私の存在に気付いたようだった。目があって「あれ?」とカバンのクマタロンを確認すると、こてん、と首を傾げた。


「二人って知り合いだったの?」


 きょとんと瞳を丸くする。クマタロン救出劇の二人なのだと説明をすれば、先輩はキラキラとアヤこ先輩を見つめた。


「まるで運命だね!」
「はいはい」


 アヤ子先輩は呆れたと返事をして、それをサラリと流した。二人の遣り取りが可笑しくて、私は隠れてクスリと笑う。そうあるべくして、そうなったかのようなその話の流れは何処が居心地がよかった。
 似ている二人は惹かれ合うと言ったのは誰だっただろうか。この二人なら、しょうがないような気がする。けれどやっぱり、納得したくないような気もする。
 しかし、似ているもの同士惹かれあうのだとなると、私は私みたいな人と結ばれなければならないのだろうか。それはイヤだなぁ。残念だが私みたいな人間、私ならば願い下げだ。
 だけど、それらは全部、唯の私の想像だ。来るかもしれない未来で、来ないかもしれない未来だ。それは、今、じゃない。


「もうなくさないようにね」
「気をつけなよ」


 二人が、笑う。


「はい! ありがとうございました!」


 それに元気よく返事して、再度頭を下げた。既に三度目があったことは、彼らには内緒にしておこう。多分これからも何度も失くすような気がしたけれど、それも今は目を瞑ろうではないか。
 だって、、ねぇ、クマタロンさんよ。リョーちん先輩も、彩子先輩もああ言ってるのだから。これからも騙し、騙し、このままやっていけばいいよね。何か変になったら、またちょっとづつ直してさ。
 だってあんたが私を嫌おうと、私はあんたが大切だからね。
 いなくなったって、見つかんなくなったって、絶対連れ戻してやるから、覚悟しとけよ?
 宣戦布告、とクマタロンを軽く弾いたなら、彼は、諦めたように、コテンとカバンに乗って、今回ばかりは脱走を諦めたようだった。







前略
フィンランドにいらっしゃるお姉さま、いかがお過ごしでしょうか。
あなたの置き土産はすぐに何処かへ行ってしまいます。まるであなたそのものです。
だけど、色んな人に助けられて、なんだかんだで、まだ私の元にいてくれてます。
あなたもたまには、帰ってきてください。
彼が私にもたらした成果を聞きに来てください。
彼は幸も不幸もつれてくるのです。彼に呪いなんてかけてませんよね?
私は、まんまとあなたの罠に嵌った気がするのです。
あなたがよく言っていた「恋をしろ」と言う言葉を、私は相手にしなかったけれど、あなたの置き土産はとてもあなたに忠実でした。
また手紙を書きます。けれどその前にできれば帰って来てください。直接文句を言わせてください。
あなたの置き土産もきっと喜ぶことでしょう。

追伸
あなたがそちらでの状況を報告しないので、私はあなたがそっちでジャガイモを育てていることに決めました。自然の猛威に負けずがんばってください。

より


「じゃがいもって何よ…」
、何笑ってるの? 手紙?」
「そう、妹からの手紙! 今度里帰りしなくちゃ、私じゃがいもなんか育ててないし!」
「じゃがいも?」


 首を傾げる友人を置いて、は愉快だと笑う。
 あの臆病な子が、恋い慕うことが出来たというのだ。それは大変な成長じゃないか。


「何か嬉しそうねぇ…」
「勿論!」


漸く妹と恋話ができるのだから。帰ったら思いっきり追求してやろうと、繋がる空を見上げた。

2009.12.13