クラスメイトの彼はとても優しく、そして頭が良い人だ。
 だから、いろんなことの答えが、誰に話すより先に出てしまうのだろう。
 それはとてもすごいことで、少し、哀しいことだ。




階段


 パタンと、ドアの閉まる音に目を覚ました。
 ここは非常階段である。こんなところに誰が来たのかと、階段上から覗くと、見知った姿が目に入った。洋平くんだ。こんなところで何をしているのか、声をかけようとして、慌てて隠れた。
 もう一人、人がいたのだ。見知らぬ女の子だった。
 しかし、思わず隠れたけれど、どうして隠れる必要があったのだろう。むしろここで隠れては遣り取りを盗み聞きすることになってしまうじゃないか。それはいただけないと、意を決して立ち上がろうとしたそれは、女の子の言葉で打ち砕かれることになる。


「あ、の、私! 水戸くんのこと、ずっと見てました」


 どうやら自分が、告白の場面に居合わせてしまったことは明らかだった。
 人の告白を覗く趣味は無い。早々に立ち去りたいのだけれど、唯一鍵が開いているドアは彼らが話しをしている場所の近くのみ。
 しかたがない、と、息を殺して、空気になる努力をする。
 それにしても、洋平くんってヤンキーだけどモテるんだなぁ、と思う。たしかに、彼は事実とても優しい人だから、モテないほうが可笑しいのかもしれない。
 女の子の声が震えている。すごく緊張しているのが、伝わってくる。


「好きです、付き合ってください」


 すごいなぁ、と思う。勇気を出したのだ、彼女は。震える声で、それでも好きな人に気持ちを伝えたのだ。それはとてもすごいことだった。


「ごめん、俺好きな子いるんだ」
「そ、そっか! うん、そうだよね、ごめんなさい、ううん、聞いてくれて、ありがとう!」


 告白の時より、はっきりとした明るい声で、女の子はそういう。足音がして、扉の閉まる音がした。
 強いなぁ、と思う。それが強がりだったとしても、本心だったとしても。
 いやそれより、告白をした、ということ、自体が。
 私は先輩が好きだけど、先輩には好きな人がいるから告白なんてしない。でも、もし先輩に好きな人がいなかったら、そのとき私は告白できるんだろうか?
 できない、ような気がする。どこか、ほっとしているのだ。先輩に告白しなくて済む事を。先輩に好きな人がいることを。


「何やってんの、ちゃん」


 苦笑した洋平くんが、顔を出す。
 女の子と一緒に出て行ったのかと思っていたけれど、そうじゃなかったらしい。


「ごめん、覗くつもりじゃなかったんだけど…」
「いや、まあ、確認しなかったのが悪いだろうし、先にいたんだろ?」


 彼の言葉に頷く。やっぱり、と苦笑した人は、地べたに座って、壁に背を預けた。
 洋平君は、何も言わない。さっきのことを考えているんだろうか。それとも、


「そういえば、」
「うん?」
「洋平くん、好きな子いたんだね」


 "好きな人"のことを考えているのだろうかと思い至って、そういえば、いつも自分の話ばかり聞いてもらって、彼のそういう話を聞いたことが無かったな、と気付く。
 洋平くんはいつだって優しいから、つい甘えてしまう。それはたぶん、私だけじゃなくて、みんなもそうだ。


「いっつも私の話ばっかだったから、気付かなかったよ」


 けど、なら、彼の話を聞いてくれる人というのは、いるのだろうか。


「さあ、どうかな」


 少し驚いた顔をした人は、いつものように困ったように笑う。


「どうかなって…」


 役になんて立たないだろう、けれど、少しでも力になれることがあるなら、協力したいな、と思う。いつも話しを聞いてもらってるんだから、すごく力になってもらっているだから、少しくらいは、恩返しがしたいのだ。


「俺さ、」


 洋平くんは立ち上がって、手すりにもたれなおした。背筋を伸ばすように空を見上げる。そういえば、彼はよく空を見るような気がする。


「フラれるなら、好きな人がいるってのが一番、納得出きる気がするんだよね。」 
「それって…」


 私の声に振り返る。それって、つまりは、彼女に、


「嘘ついたってこと?」


 言えば、彼は無言で、ただ笑う。
 洋平くんはとても優しくて、そして頭の良い人だ。
 だから、いろんなことの答えが、誰に話すより先に出てしまうのだろう。
 それはとても凄いことで、だけど、少し、哀しいことのような気が、する。


「愚痴りたくなったら、聞くからね」
「うん? ありがとう」


 そういって、困ったように、笑う。いつもみたいに。


「迷惑なんかじゃないからね!」


 立ち上がって念を押したなら、彼は可笑しそうにくすりと笑った。
 意気込みすぎたかと、少し恥ずかしくなったけれど、後悔なんか、してやるつもりは無い。だって、すこしも迷惑なんかじゃないのだ。私にできることがあるのなら、嬉しいくらいなのだ。彼は優しい人だし、頭もいいけれど、きっとそこのところをわかってない。自分も花道くんや大楠くん、高宮くんやチュウくんそれに私にとって大切な人だということを、わかってない。


「洋平くんは、大切な人だよ。」


 彼に伝わるように、言い聞かせるように口にする。
 いつもそういうことだけは信じてくれない人は、やっぱり、困ったように笑うのだ。