私にはお気に入りのキーホルダーがある。私のスクールバックでご機嫌に揺れるそれはとても愛らしいクマのぬいぐるみだ。 姉が早すぎる結婚で家を出るときに、置き土産としてくれたものである。「、コレ欲しがってたでしょ」とは姉の言だが、それはいったい私がいくつの時の話だったのだろう。覚えの無いそれはけれど、たしかに、私好みにとても愛らしい見かけとさわり心地だった。 しかしのこ可愛い彼には、脱走癖がある。 脱走暑すぎない太陽光に心地良い風は、自転車を漕ぐのに最適だった。精力的に漕ぐ気なんかはさらさらない。普段とかわらず、ゆったりまったりとペダルを踏んでいた。 私のスクールバックではクマのヌイグルミがゆらゆら揺れている。 彼の名前はクマタロン。戦隊物の悪役みたいな名前だ、なんて声は一切受け付ける気はない。 姉がくれたソレを見ると、姉のことを思い出す。元気でやっているだろうか。今頃はフィンランドで懸命にジャガイモを育てていることだろう、と勝手に想像したりする。フィンランドでジャガイモが育つのかはよくしらない。 「、なぁって、ちょっと、そこの自転車の!」 ふいに、聞き覚えの無い声が耳に入ってくる。ふと、声のほうへ振り返れば、見知らぬ男の人が、明らかに私に向かって話しかけていた。 ブレーキをかけとまったなら、彼はホッとしたように息を吐いた。 「これ、落としたよ」 そういって差し出された彼の手の中には、見覚えのあるクマの人形。 私の鞄についているはずのクマタロンである。 カバンを確認すれば、いつの間にか、彼はいなくなっていた。カバンに残るのは、彼が繋がっていたはずのチェーンのみ。 先程まで普段と変わらず機嫌よく揺れていたのは、どうやらただのフリだったらしく、さりげなく鞄から飛びおりたらしかった。 全く気付かなかった、と受け取る。 「ありがとうございます」 お礼を伝えて、付け直そうとチェーンに手をかけたところで、問題が発生した。 「あ、あー…」 チェーンが、切れていたのだ。外れただけだと思っていたのだけれど、それは甘い考えだった。これではクマタロンはキーホルダーではなくただのクマである。多少困るが、まあ、家に帰って代わりのものを探せばいいだろう、と溜息を吐いた。 今日はただのヌイグルミとして、カバンの中にいてもらおうとファスナーに手をかけたところで、「そうだ、」隣に立つ人の声に顔を上げた。 「これでよかったらつかいなよ」 差し出されたのは、カラフルに編みこまれた紐のようなもの、俗に言うミサンガだ。 「え、でも…」 大変ありがたい申し出だったけれど、見ず知らずの人から素直に物を頂けるほど、素直な性格ではなかった私は、ただ、どうすればいいのかと、オロオロするしかない。 「まだたくさんあるから」 そういって彼の手に幾本か巻きついている同じような紐が見せられた。 「はい」と差し出されて、慌てて受け取る。 「ありがとうございます」 頭を下げれば「いいって」と声がかかる。 優しげににこっと笑う顔が印象的な人だった。 そうして私の鞄には、今日も、ミサンガに繋がれたクマタロンがいつもと変らずご機嫌に揺れているのだ。 |