あてがわれた自室から、鍛錬場へと向かう。 ぐるり、と、まわらなければ、自室からそこへ向かうことは出来なくて、面倒だなぁ…という気持ちが湧いて出る。 けれど、殿が、直々に修練してやると、企み顔で笑っていたから、行かないわけにもいかない。 はぁ…、少しの憂鬱をため息と一緒に吐き出せば、主張するように、光が差す。 「窓…」 ここから、行けば近道か… ぐるりと辺りを見渡す。誰もいない。 窓から外をのぞいてみる。人らしき影はない。声もしない。 まぁ、いいかな。 バレたら怒られるだろう、けれど、バレなきゃ平気だ、と、窓枠に足をかけ、屋根の上へと移る。 嫌味なほどに晴れた空にはひとつの雲もなくて、焼け焦げるかも… 思いながらに、ズザっと盛大な音をならして、飛び降りた。 先、ガッチリと、目が合った。 「あ、と、これは、張遼様、こんにちはというか、すみません、と、いうか…」 はしたないところを、見られた。 一応、誰もいないか確認したのに… でも、彼なら、怒られる心配はないだろう。 甄姫さんか、惇兄さんか、あと司馬懿さんあたりだ、怒るのは。 「あのー…張遼さん?」 いつまでたっても無反応な目の前の人に、如何したのかと問いかければ、漸くに紡がれたその音は、突拍子もない記号を持ち出す。 「空が、」 「…へ? 空?」 言われてそこを見上げれみても、特に変わったところは見られない。雲のない青色と直射で襲ってくる光があるだけだ。 わけがわからず、その言葉を発した人に視線を向ければ、かちり、と、視線が合致する。 「えーっと、空が、如何か…?」 「いや、空が落ちてきたのかと思ったんだ」 「はぁ…それは、恐ろしいですね…」 言ってることはよく、わからないが、言葉をそのまま受け取って、あの青色が落ちてきたらと思うと、恐ろしい。 きっと、海の中みたいに、息ができなくて、どこまでいっても出口がなくて、溺れるしかなくなる。 「ああ。しかし、嬉しくも思った」 意図を掴み兼ねて、じっとまっすぐな瞳を見返せば、それ以上言葉を発することのない相手に気まずくなるのは自分のほうで、服に付いた埃を掃う振りで視線を外す。 先ほど飛び降りた時に付いたのだろう汚れを、叩く様にしてきれいにしようと努めていれば、 「間違いでよかった」 張遼さんの声に再度、そちらを向く。 けれど、視線が合わさることはなく、張遼さんの視線は、蒼天へと、向けられていて。 「まぁ…」 彼の言いたいことは、よくわからない。よくわからない、けれど。 「あたしも、間違いでよかったと思います」 張遼さんが、陸で溺死なんて、笑えない。 きっと、そういう意味じゃ、ないだろうけれど。もっと別の、あたしなんかには理解出来ない程の、深い何かあるのかもしれないけれど。 それでも、思ったのは、空がもし落ちてきて大切な人が溺れてたとしても、あたしにはきっと助けることなんて出来ないだろうという無力なソレだから。 「落ちて来なくてよかったです」 生きていてくれて。 見上げた蒼天は、落ちてくるよりも、吸い込まれそうだと思った。
少しだけ嘘をつきました、本当は
(あたしも一緒に溺れられるなら、それはそれでいいような気がしていたのです) 【 title:hazy/pict:ふるるか 】 2007.11.22 |