早めに終わった授業に、はぁ、とため息を吐いた。どんなに授業が早めに終わったって、寄り道なんかできない。家に着いたって結局は机に向かわなければ心が落ち着かない。テスト期間はいつだって憂鬱だ。
 別に、テスト自体がそれほど嫌いなわけではないけれど、テスト期間と呼ばれる期間が、あまり好きじゃなかった。無かったらきっと困るだろうというのは勿論わかってる。けど、やっぱり、どんよりした気分になってしまうのはどうにもできない。
 とん、と揃えた教科書類をカバンの中に入れて、重たいそれを肩にかけた。
 のろのろと帰り支度をしていたせいか、教室に残っているのはほんのわずかの生徒で、日直に当たったらしいクラスメイトにまたね、と声を掛けて教室を後にする。
 廊下のひんやりした空気に、カバンの中にしまっていたマフラーと手袋をとりだした。
 すれ違った友人に手を振りながらも、外はこれ以上に寒いのかと思うとやっぱりのろのろとしか足が進まない。
 それでもすぐに着いてしまった昇降口で、見慣れた後姿に立ち止まった。見間違うはずがない。関川くんだ…。藪くんと何か話しては、楽しそうに笑う。少しだけ得した気分で、にやけてしまいそうな顔はマフラーに埋めた。
 駆け出してしまいそうな足を意識してゆっくりと進める。


「そんじゃな」
「おう、じゃあな」


 てっきり一緒に帰ると思っていた二人が手を振り合ったのに驚いたけれど、そういえば、藪くんは自転車通学だったかもしれない。関川くんは徒歩だ。
 とん、と簀の子を踏んだら、その音に気づいた関川くんが振り返る。


「あ、ちゃん、まだ残ってたんだ?」


 さっきまで藪くんに向いていた笑顔が、こっちを向いた。うれしくて同じように笑い返す。今度はマフラーに隠さなくても平気だ。


「うん、テスト勉強いやだなぁって思ってたらこんな時間になっちゃった」
「おー、ちゃんでもそんなこと思うんだ」
「あたしやって思うよー、テスト期間って響きも焦るし」


 彼の中の私が一体どんなイメージなのか少し気に掛かる。テスト勉強を嫌だと思わなそうに見えるってことは、勉強が好きそうなイメージだろうか。暗そうとか、勉強ばっかりしてるイメージだったら、ちょっとやだなぁ…。


「でもちゃん頭良いじゃん」
「えっ! 特別良くないよ!?」
「俺らからしたら十分良いんだって」


 苦笑する人に、そう言えば野球部は平均点超えないときがあるんだったと気づいて、先ほどの言葉はもしかしたら嫌味に聞こえてしまったかもしれないと、何か訂正をしたい気分になる。だけど、良い言葉は浮かばなくて、下駄箱の中から取り出したローファーを、とん、と地面に置いた。


「あ…」
「え?」


 関川くんが小さくつぶやいたのが聞こえて顔を上げる。それに気づかない人は、外を見つめていた視線をあわててこちらへ向けた。


「じゃ、じゃあ、俺そろそろ帰んね」
「あ、うん、ばいばい」


 手を振れば、「バイバイ」と言うが早いか彼は駆け出した。やっぱり速いなぁと背中を見送る。ふと、何気なく、彼の向かう先へと視線を向けて、後悔した。すぐに、壁で隠れて視界からは消えたけれど、そこに見えたのは間違いなくクラスメートの彼女だった。私にも確認できたぐらいなんだから、関川くんが、気づかないわけが無い。だって彼女は、彼の思い人だ。関川くんから直接聞かなくたって、わかる。私が関川くんをよく見てるから、なんて理由じゃなくて、誰だって、彼の彼女への態度を見ていたら気づいていしまうと思う。関川くんは、それくらいわかりやすい人だった。
 とん、と背後で音が鳴って、あげたままだった手に気づいてあわてて下ろした。振り返ったそこにいたのは、先ほど教室で別れを告げたはずの人。


「湯船くん」


 彼が、簀の子へと降りた音らしかった。


「日直終わったの?」


 教室を出るときには、日直の仕事をこなしていた人は、私の言葉に少し驚いた顔をして、それから頷く。


「あ、あー、うん、そう。ちゃんは、今帰り?」
「うん、帰らないけんね…」

 
 とたんに"テスト期間中"だったことを思い出して、ふぅ、と息を吐き出す。やっぱり、テスト期間なんて、憂鬱なことばっかりだった。


2010.02.01