コンコンと、独特の音で、鉄の階段が啼く。
  ローファーなんてものはいてくるんじゃなかった。
 動きにくいだけではなく、足音までも普段の倍はある気がする。
 実際のところは知らないけれど。

 コン、コン、コン、と態とリズムを刻むように、最後の三段を降りきったなら、予想外の人物が前方に見えた。




「しっ…」
「あ…?」




 驚いて、声を上げたなら、クラスメイトである彼は、訝しげにこちらを振り返る。
 間違えるはずがない、あの体格に身長、そして髪型。




「あ、おはよう…?」
「…何してんだ」




 新庄君が口にしたのはそれだけだったれど、まさか、新庄君に挨拶してます、なんて答えがほしいわけじゃないだろう。




「階段があったから…のぼってみた?」
「…そうか」
「いや、そこはもっとこう、何で疑問系やねん、とか、無いですか」




 ここは、あほやなオマエ!くらい、軽いノリの返しがほしかった。
 いや、まぁ、たしかに。新庄くんがそんなこと言ったらむしろ怖かったのは確かだけれど。
 スルーされるのはとてつもなく寂しいですから。




「何で敬語なんだよ」
「あ、そこっすか」




 どうも、見当違いのほうにつっこまれて、脱力する。小さく笑ったなら、彼は不可解だとでも言いた気に目を見開いた。




「というか、新庄くん、この時間に登校じゃ、完全に遅刻よ?」
「あ? 別に…はどうなんだよ」
「あたしは寝坊したから校門チェック終るまでうろうろしてただけ。今から行くよ」




 一時間目の現社はまだこれで遅刻二回目だから、欠席にはならないし。
 しっかり、計算しているのだと、言えば、彼は呆れた顔。




「めんどくせーな…」
「平均以下の一般人は姑息な手でしか生きていけないのさ! っていうか実際、新庄くんって出席日数大丈夫なの?」
「あー…向こうが補習とかでなんとかすんだよ、そういうの」
「補習のがメンドくない?」
「計算すんのとか入れたら結局はかわんねぇからな」
「ふーん」




 でもやっぱり、先生から目つけられたり、注意されたり呼び出されたりすることを思えば、計算していたほうが楽だと思うのだけれど…
 とまぁ、そんな姑息な考え方、隣の人はきっとしないんだろうなぁ…




「…どうかしたか?」
「へ…?」
「…」
「…え、何?」




 問いかけの意味が分からなくて首を傾けたなら、新庄君は何か言いたげな顔のままに黙り込む。
 自然とお互いに足が止まって、見詰め合うかたちになれば、居心地が悪いのは当たり前で、再度問い直せば、すい、と、視線はそれて、動き出した。




「ちょ、何よ、何なんですかー?」
「敬語」
「あたしはケイゴじゃありません」
「…」




 新庄くんが言いたかったのが、敬語をヤメロ、なのか、どうして敬語なんだ、なのかはわからないけれど、小学校の先生なんかがよく言うそれを口にしたのなら、ノリの悪いのが仕様な彼は、チラっとだけこちらへ視線をやって、その後溜息なんてものを吐いてくださいましたよ、こんにゃろーめ。




「逃げちゃえばいいのよ」
「あ?」
「し あ わ せ !」




 わざと、ゆっくりはっきりと発音したのなら、彼は大した間も置かず意味を理解して、笑った。





「逃げねぇよ、溜息ぐらいで」
「う、わ…」
「…?」

 


 それが、あまりにも、ちいさな、だけれど、彼に似合わず優しい笑い方だったものだから(いや、そもそも、彼がニヒルに笑う以外の笑い方なんて私は見たことがあっただろうか)思わず、驚いて何を言うでもなく、声が出た。




「ごめん、なんでもない」




 ははは、と笑って誤魔化すように手を振れば、彼が何か言いたげな顔で口を開くものだから、慌てて大きな声で遮った。




「ああー、と、ほら、彼らも遅刻のようですよ、新庄センパイ!」




 ちょうど少し遠めに見えた、平塚&今岡コンビを指さして言ったなら、気付いた二人は振り返る。
 小さく手を振れば、まるでもうお約束のように、平塚くんがなにやらを言いながら近付いてくるのを、必至で今岡くんが止めていて、可笑しくなって笑った。




「あの二人、おもしろいよね」




 新庄くんに同意を求めて振り返れば、カチリ、目があって、そういえば、話を逸らす為に彼ら二人を使ったんだったか、と、既に自分の中で忘れていたことが甦る。
 全然逸らせていなかったのかも、と、冷や汗もので、何か言わねば、と、口を開いたなら、すい、と、視線が外された。
 



「オマエには言われたく無いだろ、あいつらも」




 落ち着いたらしい平塚くんと、きっとほっとしてるだろう今岡くんが、こちらに歩いてくる。新庄くんはそれを見ながらに、まるで独り言かのようにボソリと言ったものだから、一瞬スルーしてしまいそうになった、けれど。
 なんか、聞き捨てなら無い言葉が聞こえましたよ…!?




「ちょ…」 
「オマエら、何やってるんだ」
「あ〜あ…」
「登校してんだよ」




 反論の余地なく、平塚くんの声が割ってはいる。本当にタイミングのよろしい人だな、彼は!
 どんどん進む会話に、今更さっきの言葉をむしかえすことはできなくなって、はぁ…、溜息を吐いたなら、気付いた今岡くんに、




さん、ごめんね」




 何故か謝られて。君は平塚くんのお母様か何かですか。苦笑を返す。




「遅刻仲間は多いほうが心強いよ」




 言ったなら、彼はキョトンとして、後、すぐに、笑った。


やあ、遅刻仲間!
          (赤信号みんなで渡ればなんとやら、だ)

「何笑ってるんだ、今岡」
「や、別に何でも無いんだけど…」
「…」
「…新庄さんはどうしてソコであたしを見るのかしら」




【 title:hazy/pict:戦場に猫】 2008.07.23