「空でも飛びてーの?」
「…は?」
「ずっと見てんじゃん。空」




 安仁屋くんは、人差指を真上へと向けて、何か、含むところがあるのか、にやり、にやり。気分の良いとはお世辞にもいいづらい表情でこちらを見ている。
 いや、目の前の彼からしたら、ただの冗談だったのかもしれない。けれど、その内容が、内容だけに、酷く、からかわれたような気分になったのだ。




「仮に」
「あ?」
「仮に、自由に空を飛びまわれたとしても、あたしは絶対、空なんか飛ばない」




 あんな、真っ青な、ただ、真っ青な中に飛び込むなんて、考えただけでゾッとする。




「へ〜…」
「…何?」
「いや、ちゃんって、空好きなのかと思ってたから、意外っつーか、なんつーかね」




 好き? まさか。あんなもの、見上げてみたって、憂鬱しかつれてこないものなんて





「嫌いだよ…」
「んじゃ、何で、…」
「何…?」
「や。やっぱいいや」





 途中で言葉を止めた彼は、曲がった背筋を伸ばすように、ぐっと伸びをした。長い髪が風に揺れる。あたしが言うのもなんだけど、長い前髪は鬱陶しそうだ。




「…暇だよな」
「そうみたいだね」
「部室に良い具合のソファあんだよね」
「豪華だね…」
「行かねぇ?」
「…いかない」
「つめてー」



 許可してないのに、他人の、ましてや異性の髪の毛を触るのはどうかと思う。勿論、許可を求められたって、許可するわけはないのだけれど。




「八木さん、だっけ」
「はっ!?」




 大袈裟すぎるほど驚いた彼に、当たりか、と、内心笑う。
 隣の彼は女子からとても人気があるものだから、だれかれの噂のときに、ぽろっと話題に出てきたりして、彼女と付き合ってるどうの、いや幼馴染だどうの、と話にあがったりするのだ。でも、この反応からすると、彼女とか、好きな人とまでいかなくても、ただの幼馴染じゃなくて、気になる子、ぐらいの位置は占めていそうだ。
 笑いたいのを堪えて、目を見開いた彼をじとり、と見る。



「チクるよ」
「な…なん、何言ってんだよ、あいつは別に、関係ねーし」
「じゃあ、言ってもいいよね?」
「 …、」



 黒目勝ちな瞳が、おもしろいぐらいに泳ぐ泳ぐ。
 声に出さなくても、それだけ態度に示していれば十分だ。というか、どうしてみんな、これでただの幼馴染だと思うんだろう。少しばかり、わかりやすすぎると思う。




「言わないよ」




 なんだか、可哀想に思えて、苦笑すれば、明らかにほっとした人はそれを誤魔化すように、「いや、別に関係ねーって!」慌てて否定しだした。
 おわりそうの無いそれに適当な相槌を返しながら、空を見る。
 あっただろうか、あった気がする。あたしにも、こんな風に否定をしたことが。だけど、それはどうしてだったっけ? どんな気持ちで、それを口にしたのだろう。
 思い返してみても、気が重くなるだけで…やっぱり、空になんか、届かなくてよかったと思った。







たとえ翼があっても






( 題:supernova / 画:NEO HIMEISM
2008.05.18