正直に言うと、本当なら煩わしく思っていただろうテスト期間中の日直の仕事が、今回に限っては嬉しかった。
 毎日きちんと復習をしているからって、テスト勉強をする時間が削られてしまうのは勿論不安だったし、仕事内容がいつもと違うわけではなかったけれど、日誌に並んだ名前を見ると、どうしても嬉しいという気持ちが勝ってしまう。の隣に書き込んだ、湯舟、の文字。今日の日直は、湯舟くんと一緒だった。
 ひとつの机をはさんで、向かいあわせにノートへ向かうのは、少しこそばゆい。それを彼に気づかれないように緩みそうになる頬に力を入れた。


「今日は早退もいなかったよね?」
「あー…そうだっけ?」


 首をひねる人にくすりと笑う。日誌に書き込む前に、一応彼に確認をとっていたのだけれど、彼からの答えは全て曖昧だった。そんな様子すら可愛いな、なんて思ってしまうのはもうなんていうか、ほれた弱み、以外の何でも無いかもしれない。
 スラスラと書き込んでいる途中で、ふと、先生の名前に違和感を覚える。


「んー…ね、漢字ってこれであってるわよね?」
「あー…こんな名前だったんだ」
「そこからかぁ…」


 漢字どころじゃないな、と苦笑する。クラス担任でも無いから、少しくらいの間違いは誰も気づかないだろうけれど…そのままにするのはやっぱり気が引ける。ほとんど人のいなくなった教室で、近くにいたクラスメイトに視線を送ればそれに気づいた彼女が首をかしげた。


「ねえ、これ、なんか変じゃない?」


 日誌を向けて見せれば、「言われてみたらそうやね…」うーんと首を捻って、二人してテンがいらないのではないかという結論に至って書き直す。
 うん、こっちのほうがシックリくる。


、ありがとう。引きとめちゃってごめんね」


 既に私たち以外いなくなった教室に申し訳なく思って謝れば、彼女は少しも気にした様子無く首を振った。


「ううん、ちゃんも湯舟くんも日直大変だね」
「みんなに回るものだからこればっかりはしょうがないよ」


 テスト期間中にこれ以上引き止めるのは悪いだろうと、少しだけ話して手を振った。
 再度日誌に向き直って、自由欄に今日あったことを書く。
 テスト期間中であること以外は特筆するようなことは無い一日だったように思う。


「他に何かあったかな?」


 湯舟くんに確認をすれば、「あ、え、え? 何?」全く私の声が耳に入っていなかったらしい人は慌てて首をかしげた。窓の外をしきりに気にしている様子に、その理由がわかってしまって、ぎゅっと胸が痛む。先刻出て行った人を、探しているのだろう。あまりにも簡単に想像できてしまうのには、苦笑するしかない。


「今日って特になにもなかったよね?」
「あー、うん、たぶん」


 曖昧な返事も心此処にあらずでソワソワとしている。今の私は、彼にとって邪魔でしかないのだろう。追いかけたい子がいても、私がいるから、彼は日誌を適当に終わらせて帰ることもできずに、ここに座っているしかない。窓の外を気にするくらいしか出来無い…。


「ねえ、湯舟くん」
「へ?」
「あとは確認だけだから、先帰って?」
「え、でも、」
「いいの。あとは確認くらいだし、湯舟くん覚えてないでしょう? 私職員室に用事あるから提出もついでだし」


 他の人を想う彼に、それでも、邪魔だなんて思われたくなくて、何も気づかないフリで笑う。


「テスト期間中だし、少しでも早く帰って勉強したいでしょう?」


 互いの理由をつくれば、気づかない彼はそれにのって、うなずく。


「ありがとね、ちゃん」
「いいえ、こちらこそ! じゃあ、またね」


 手を振るが早いか立ち上がって背を向けた彼を引き止めたくなって、まさかそんなことができるわけがなくて、持ち上げかけた手はギュッと握った。


2010.02.02