「あたしね…」
「え?」


 真面目な声が耳に届いて振り返った。声の主はちゃんだ。
 立ち上がった彼女は、彼女の机を一心に見つめているせいで、視線が合わない。
 如何したのか、と声を掛けてもいいのだろうかと、迷っている間に彼女は言葉を続けた。


「あの時は嫌いだったけど、こんなに懐かしく思う時が来るなんて、思いもしなかったの…」
「あー…えっと、…?」


 掛ける言葉が見付からず、言葉に詰まる。何のことを、言っているのかはわからない。けれどそれが、酷く真剣だということだけは、わかった。
 俯いていた彼女が顔を上げて、赤い目が俺を見る。


「どうしよう…」
「ぅえっと、」


 ぎゅっと、制服を掴まれて、潤んだ瞳で見上げられて、正直、どうしたらいいのかわからない。 助けを求めてあたりを見回したなら、目が合った今岡が一瞬嫌そうな顔をした。
  そんな顔しねーで、なんとかして、マジで…!
 視線で訴えたなら、はぁ、と溜息を吐き出した友人が、彼女の名前を呼ぶ。


「…。」
「いまおか…」


 ちゃんが、今岡を振り返る。目があった今岡は少しだけ顔を顰めたように見えた。けど、すぐに普段と変らない表情になったから、もしかしたら唯の気のせいだったかもしれない。


「湯舟、困ってるよ。話しが見えないって。」


 今岡の言葉に、ちゃんの瞳から今にも零れそうだった滴が、とうとう溢れた。


「ば、ばか、今岡! ちゃん、俺全然気にして、」
「……とう…」


 ないから、と続くはずだった言葉。ちゃんが震える声で何かを言ったのに気付いて、慌てて、途中で言葉を切った。
  あー、くそ、俺なんでそんなときにしゃべってんだよ!
 自分の声のせいで聞こえなかったか細い声に心が痛む。出来る限りに、自身の中で一番やさしい声色で問い掛けた。


「ごめん、何て?」
「 、お弁当、忘れたの…! ねぇ、どうしよう!!」


 大きな瞳に新しく涙を溜めて、凄く真剣な瞳が俺を見上げる。


「そんなことだろうと思ったんだよ…」


 今岡が、ぽそっとそういって、溜息を吐き出した。
 真剣なちゃんになんてこと言うんだ、今岡…て、あれ?
 可笑しい、何か違う。
 何かが、可笑しいのはわかった。けど、頭が追いつかない。


「そんなこと!? 購買だって、もう売り切れてんのよ!? そんなんだからあんた彼女できないのよ!」
「あー、はいはい、ごめんなさい」
「それ謝ってない!」


 状況と現状にギャップがありすぎはしないか。
 つまり、それだけなの…?、と…、いやまあ確かに、彼女にとっては大変な問題なんだろう。けど、すげぇ焦ったじゃん、俺! かっこわりぃ…とつまりはそういうことだ。
かつ、そんな理由だったのなら、もっとあの状態を楽しんでいればよかった、と少し邪まな考えまでもが過ぎる。


「勿体ねぇー…」


 思わず洩らした小さな独り言に、今岡に突っかかっていた彼女が振り返った。


「へ? 何か言った?」
「い、っや! 何もねーって、ほんと!」
「そう…?」
「そうそう」


 慌てて誤魔化したそれに、ちゃんは訝しげに眉を顰めて、けれどやっぱり、それよりもお弁当のことが気になるらしく、また新たに嘆き始めたのだった。 



給食って響きすら懐かしいですよね
「給食なんて大嫌いだったけど、あれって偉大だったのね…」

2009.12.17 title by supernova