悴む手を擦り合わせて息を吐きかける。
 その白さに、恐ろしくなって手はポケットへと隠した。


「さっみー…」


 マフラーの中へ吐き出せば、隣を歩く女が「あたしねぇ」同じようにマフラーに顔を埋めて零す。


「心が冷たいんだよ?」
「は?」
「心がね、冷たいんだ」


 意味がわからないそれに、何か続きがあるのかと暫く待ってみたけれど、隣の人は黙々と足を進めるだけだ。


「えっと…そんなことねーと、思うけど…?」


 何がいいたいのかがわからず、疑問系になったそれを、彼女はキッパリと否定した。


「冷たいの」
「あー、そ、なの?」
「ん」


 彼女がこっくりと頷くと、また沈黙が、落ちる。
 妙な静けさは、寒さの所為、だけだろうか。
 小さな声で沈黙を破ったのは、今度は彼女の方だった。


「だからね、手はあったかいんだー…」
「ああ、言うよな、心が冷たいヤツは手があったかい、とかって」


 よく言われるそれを呟くように洩らした彼女に、でもそれはただの、都市伝説の類だろうと笑う。そんなもので、心の善し悪しを決められてはたまらない。
 俺が笑ったのが気に食わなかったのか、彼女は、ふい、と視線を外して地面を睨んだ。
 場を和ませるつもりだったのだけれど、どうやら余計に彼女の機嫌を損ねたらしい。何か話題の転換を、と寒さの所為でまわらない頭を働かせていたら、彼女の声。


「あたし、手、あったかいんだ、けど…」
「うん? え…」


 弱弱しく消えていった声は、何もはっきりとはいわなかった、けれど。


「や、なんでも、ない、です」
「あ、そ、そう? うん…」


 妙な、妙な空気が、流れる。足音がやけに大きく聞こえる。


「あー…」


 沈黙に耐え切れず、唸るように声を上げれば、隣を黙々と歩いていた彼女の肩が、ビクリと震えた。どうやらいきなりのことに驚いたらしい。
 ソレぐらいのことでと、思わず吹き出して笑えば、ギロッとキツい目がこっちを見た。


「アンタが変な声だすからでしょ!」
「いや、だからってそこまで驚かねーよ、普通」


 隠すことなく笑えば、怒りが収まらないらしい彼女は、八つ当たりとばかりに足元の石を蹴飛ばした。 
 道の脇に転がっていったそれを見送る。



「…なに。」


 むっつりとした声が返る。


「手出して」
「…なに?」


 彼女は、不可解ですと言わんばかりの表情で、それでも、ポケットの中から片手を出した。
 両手で包むようにそれを掴む。


「おーほんとだ、あったけぇ」
「…どーせ心が冷たいですよ」
「なら、俺の心はやっぱあったかいんだな」


 言って笑えば、彼女は嫌そうに眉間に皺を寄せた。


「つか、いい加減はなしなさいよ」
「あったかいしやだね」


 ぐい、とひっぱって、繋いだままの左手をコートのポケットへ隠す。
 何かを言おうと口を開いた彼女は、ふい、と視線をそらして、何も言うことなくマフラーへ顔を埋めた。しばらくしてからぽそっと呟く。


「…手、冷たいし」
「俺の心あったかいんだししょうがねーじゃん」
「心の冷たさにじみ出てんじゃないの」


 はぁ、っと溜息交じりに矛盾したことを言う人に笑う。


「じゃあ、心のあったかい人間なんていなくなんじゃん」


 言えば、悔しかったのか、繋いだ手をあらん限りに力で握り返された。 


「いてぇって!」
「痛くしたのよ」


 ふん、と鼻で笑ったに、溜息を吐き出す。マフラーの外に吐いたそれはとても白い。


「やっぱお前心つめてぇーし」
「だからそう言ってるし…」


 返って来たのは、やっぱり、むすっとした声と表情。それでも、繋いだ手が離れていくことはなかった。

title by 赤橙
2009.11.25