今日はちょっと寒かったから、朝にホット牛乳を飲もうとして舌をやけどした。
 登校途中コンビニでシャー芯買う時も、一円足りなくて諭吉さんで支払いをしなくちゃいけなくてすごく気まずかった。
 お昼だって、紙パックのジュースにストローが刺さりにくくて、やっと刺せたと思ったら噴水、だ。
 そして下校時にコレ(・・)か。
 そういえば、朝の星占いは11位というギリギリ最下位では無いあの位置だった。最下位であればアドバイスもあっただろうが、11位ではアドバイスはもらえない。
 普段当たらないのに、こんな日ばかりは当たるなんて、やっぱり11位だったのかも。
 傘の少なくなった傘立てを眺めて、変わるはずの無いその状況に深くため息を吐いた。





雨は今も止まないけれど






 雨、止んだりしないかなぁ、と空を見上げる。止むとは言わなくても、緩くならないだろうか。朝の天気予報では明日も雨ということだったけれど、天気予報がハズれるのなんて無い話じゃない。
 重苦しい空気に再度ため息を吐こうとして、目の端に映った人影に振り返った。
 よく知った顔の彼は、初めて見た何かでも見つめるように自身を見ている。 


「赤星くん、可哀想なさんに傘貸してよ」


 苦笑しながら手を伸ばせば、彼は真っ黒な傘を開いて「あー、雨きちぃなー」そのまま歩き出した。


「ちょと、無視しないで、無視」


 声を掛ければ振り返る。もともと本気で無視する気じゃなかったのだろう彼は、怪訝そうに口を開いた。


「どうしたんすか、傘。朝から降ってたし忘れたわけじゃないっしょ…」


 そう、雨は朝から降っていたのだから、勿論、傘も差してきた。忘れたわけではない。


「たぶん誰かが持ってったんでしょうねぇ…」
「あー、ドンマイ?」


 本当にね。苦笑いで言えば、彼も苦笑いで首を傾げる。


「つか、今日持ってきてないやついないだろうし、似たの持ってけば? 誰かも間違えたんでしょ」


 確かに、それも考えなかったわけではない。こんな雨の日に傘を忘れてくることが出来る人は稀だろうから、盗られたというよりは、誰かが間違えたから、私の傘が無いのだ。なら、同じような傘を自分も使えば良いんじゃないか、と。
 でもそれで、第二の私が生まれたなら、私はその罪悪感を如何処理すればいいというのだろう。


「それで誰かが傘なくて途方にくれたら…?」
「今のさんみたいに?」
「そうだよ、今の私のようにだよ…」


 ふっと、正しく途方にくれていたなら、彼は短く息を吐く。正直、ため息を吐きたいのは私だ。


「はぁ…入ります?」


 真っ黒い傘を指差して、目の前の彼は首を傾げる。


「えー、赤星と噂されたくないしな…あんた性格悪いし」
「じゃあそこずっと座っててください、帰ります」


 じゃ、と手を上げて去っていこうとする人を引き止めた。


「あああ、いいじゃん! 赤星ん家グランド通ったらすぐじゃん! あたしん家遠いんだよ!?」
「しらねーし。だからってなんで俺が濡れなきゃなんねーんだっつーの」
「ちょっと、後輩。タメ口使うんじゃねー」
「俺だって尊敬できる先輩になら敬語つかうし」
「きぃ! かわいくない!!」
「かわくないからかえりまーす」


 ヒラヒラと手を振ってそのまま行ってしまう人を、傘を持たない私が追いかけられるわけがない。「あ、ちょっと!」とかけた声は人のいない昇降口にさびしく響いた。
  本当に帰りやがったあいつ! 
 いや、確かにここにいたってどうしようも無いんだろうけど。
 まさか本当に彼の傘を奪うわけにはいかないし、ましてや、相合傘はまだしも家まで寄ってもらうとか寄り道の域を超えているし。
 聞こえるのはざあざあ雨の音のみ。
  あ、なんか、さみしい…
 ツンと鼻の奥が痛むのとほぼ同時、じんわり、こみ上げてきたそれに、既に誰もいない昇降口でしゃがみ込んだ。
 占いなんて信じているわけではないけれど、今日の運勢悪いよ、なんて言われたら気分が悪い。占いのせいだなんて思ったりしないけど、何処にもぶつけることの出来ない気持ちは、朝の占いにぶつけておいた。
 ざあざあ変わらず落ち続けている雨の音に耳を澄ます。
  明日も雨だって言ってたし、止まないんだろうなぁ、きっと…
 まさか、学校に泊まるわけにはいかないだろう。ふぅ、とため息を吐く。
 もうそれしかないだろうと、濡れて帰ろうか、と顔を上げたなら


「うお」


 驚いた顔の男と目が合った。


「あ、か星くん…何してんの?」
「いや、それはこっちの台詞。寝てんのかと思ったし」


 帰ったはずの男が、そこにいる。驚いて半歩下がったそれを埋めるように彼は一歩近づいた。


「え、や…、え、な…ん?」
「それ何語」


 嫌味たらしく笑った男は手の届きそうで届かない距離から、はい、と言って差し出した。


「え?」
「無いんでしょう、傘。貸してあげますよ」
「え、なんで…?」


 差し出されたのは、彼に似合わぬ小花柄の雨傘。
 彼の手にはもう一本、雨に滴る真っ黒な傘が握られている。


「家すぐなんで、とって帰ってきたんすよ、ほっとくと俺呪われそうだし」
「呪わないし!」


 軽口に思わず、差し出されたそれを奪うように受け取った。
 彼は気にせず、「いやいや、絶対呪う気だったっしょ」普段と変わらない人を小馬鹿にした口調で返す。

「んじゃー、俺帰るんで…あ、それ返すのいつでも大丈夫なんで」


 使ってないみたいだし、と背中を向ける。
 彼の制服のズボンに泥がハネている。普通に歩いていたなら、まずそんなことにはならないだろう。


「あああ赤星!」


 呼び止めたなら、彼はぶは、っと吹き出した。


「どもりすぎ」


 くっくっと喉の奥で笑われるのは少々屈辱的だったが、自分でもどうかと思ったので言い返せない。


「何すか?」


 と首を傾げる人に「ごめんね」と声を掛けたなら驚いた顔。
 それから少し考えるそぶり。


「あー…違うほうが」
「なに?」
「もう一個のほうの言葉なら、受け取りますよ」


 にい、っと口角を上げたそれは形容するならニヤリ。まるで悪代官か何かのようだ。
 けれど、彼は勿論悪代官なんかじゃ無い。心優しい後輩だ。


「ありがとう」


 笑ったなら彼は「どーいたしまして」と笑う。


「ソレ無駄にならないうちに、さっさと帰ってくださいよ」

 
 手を振る、といってもかわいらしくバイバイと振ったのではない。
 シッシッと追い払うしぐさに苦く笑う。
 いい子なのに、どうしてそう、人の神経を逆なでするような行動をとるのだろうか。


「今度何かお礼するわー」
「はいはい、期待してます」


 言葉とは裏腹な態度で今度こそ背を向けた人に、されても困るけど、と零して、小いさな花が幾つも散るそれを開いた。

雨は今も止まないけれど  

占いはやっぱりハズレ、だ

2010.06.16  title by 夢見うさぎの大脱走