ねぇ、聞いて聞いて、と駆け寄って来たのはだった。何事かと向き直った若菜を見て、彼女は嬉しそうに、こほんと咳払いを一つする。 「エイプリルフールって、ユダの嘘を忘れないためにつくったって話しがあるんだよ!」 自慢げに告げられたそれに、若菜は何と返すべきかがわからず「何だそれ…」思わず零した。その言葉に、は楽しそうに言葉返す。 「さっきが教えてくれたの!」 どうやら、彼女は知ったばかりの知識を誰かに話したかったらしいと分かって、その行動が、まるで、新しい言葉を知ったばかりの子供のようで、若菜は小さく吹き出して笑った。その反応には不思議そうに首を傾げる。彼女には"が教えてくれた"の何処に吹き出す要素があったのか、わからなかったからだ。 どうしたの?、と不思議そうな相手に、何でもねぇよ、と返して、若菜は、で?と言葉を続ける。 「その、ユダって誰だよ?」 その名前は、確かどこかで聞いたことがあるような気がするけれど、と若菜はあらん限りの記憶を探ってみたが、しかし、やはり、すんなりと思い浮かんでくれるというようなことはなかった。大体、人より知識が偏っているのは誰に言われなくても自身が一番よくわかっていた。それにそもそも、興味の無いことを脳内にとどめておく気など更々無い。 じゃあ、今回彼女の言葉で興味が出たのかといえば、そういうわけでもなかった。との会話の中で疑問に思ったからの問いであって、それは別に"ユダ"への興味ではないからである。 唯単に、との会話を成立させるには、若菜はそれが誰なのかを知らなくては話しにならないというだけであった。たとえ聞いたその知識というのが、この場限りで忘れられるとしても。 「歴史上の人物か?」 仮に、"ユダ"が歴史上の人物であるということが判明したとして、何処の国の何をした人であると言われても若菜には思い出せる気はしなかったのだけれど、しかし口から出てきたその言葉は、もしかしたら、自身が全くその人物を知らないのだということを目の前の人に知らせるための言葉だったのかもしれない。若菜のそれに、は少しだけ間をおく。幾度が瞬きをして、コテン、と首を傾けてみせた。 「…さあ?」 その返答には、流石の若菜も言葉に詰まる。あいた口がふさがらない、等ということはない。しかし、気持ちとしてはそれぐらい言っても言い過ぎではなかった。知らないというのに、彼女はあれ程までに自慢気な態度だったというのか! 互いに思うところがあったのか、無言で見詰め合う。時間差でじわじわとこみ上げてきた笑いに、とうとう我慢しきれなくなって声を上げたのは、勿論若菜だ。 「オマエ、知らないのにあんな自信満々だったのかよ!」 ぎゃはは、心の底から可笑しいですという風に笑われて、は、むうっと唇を尖らせる。 「だって、が教えてくれたんだもん!」 「いや、聞いとけよ、そこも」 けらけらと笑う若菜に、は納得いかないという顔をした。自身ばかりが笑われるというのは、おかしいのではないか。少なくとも、先に知らないと言ったのは目の前の人だったはずである。 「若菜だって知らないくせに!」 「だから、オレは自慢気にしてねーだろ」 「あたしだって自慢なんかしてないじゃん!」 「いやオマエ、それは無理があるわ」 其の話しを持ち出したときは明らかに得意気だっただろうと思い返して若菜は更に笑う。 「せっかく教えてあげようと思ったのにぃー」 「あー、わりぃわりぃ」 「思ってないでしょ!」 「思ってんよ、いやー、面白かった」 未だ笑いをこらえているというのがわかるらしく、は不服そうに腕組みをしている。若菜が笑いを堪える様子に「もーいいし」と、吐き捨てた。機嫌を損ねたその声はとても小さく、若菜はそれに気づかない。しかし気付かないままに、でも、と言葉を紡ぐ。 「聞いてすぐ教えてくれようとしたんだろ? サンキューな」 その言葉と笑顔には、機嫌の悪かったも、観念したように笑うしかなかった。 (「今度は聞いとくよ、ユダが誰だか」) 2010.04.01 |