安土家宅のチャイムを鳴らしても返事がかえらない。明らかに、ドアが開いているというのにだ。
 おかしいなぁ、と思って、何もなかったら不法侵入だけれど、何かあってからやったらおそいと、勝手に上がりこんだ。
 だいたい、人がいるやろう部屋は決まっているから、そっちを目指したなら、声が聞こえてきて、



「あ、なんやー、おるやんか。ぐす、く…」



 縁側に座り込んでいるヤツに声を掛けたところで、超絶なにやら取り込み中らしいことに、気づいた。




「え、何、何なん、この状況!?」



 綺麗なおばさんが庭で暴れている。しかも、安土家の使用人たちをばったばったとなぎ倒してるんですけど…!(ありえねぇー)
 隣のぐすくは、あわあわ言ってるだけでまったく役に立ちそうにない。
 とりあえず、触らぬなんちゃらに祟りはなかろということで、「…取り込み中みたいやし、また出直す!」くるりと背を向け走り出す、予定だったのだけれど、いつの間にか、腕を掴まれていた。隣の人に。



「ちょ、何や、ぐすく、はなせ!」
「オマエが何て言うても、俺はこの手を放さへんからっ!」
「何言うてんねん、あんた! ひさびさ関西弁しゃべった思たら!」
「やって、無理やもん、俺あんなん相手できひんもん!」
「おまえ、いくつ、て、言うてる側からぁー!」



 地面にぐすくを押し付けて、あたしも、同じように、伏せる。
 頭すれすれを、長い足がぐるりと回って、風を薙ぐ音がしたけれど、悠長にそんなこと考えている暇は無い。



「とりあえず、」



 まさか、避けられると思っていなかったらしい人は、驚いたように、目を見開いて固まっている。



「走れ!」



 勢いつけて走り出したけれど、追いかけてくる気配が無い。
 ちらっとだけ、振り返ったら、

  笑って、る…?

 遠くてわからへんかったけど、たしかに、笑ってたみたいに、見えた。










「こ、ここまでくれば大丈夫かな」



 そんで、こいつはなみだ目やしや。



「まぁ、もともと追っかけてはきてへんかったみたいやけど」
「え! ほんと?」
「気づかんかい、安土家長男坊…」
「だって、走るの必至だったじゃないか!」
「で、関東弁に戻っとるし…」
「俺はもともと関東弁だよ」
「さっき使てたやろ、さっき!」



 ぎーっと、ほっぺたをつねってやれば、「いひゃい、いひゃい!」と、涙目になって両手を振るものだから、溜息が出る。
 ちゅうか、こーゆう場合は普通、逆ちゃうんか。あたしは守ってもらえるほうちゃうんか。なまじ、アタシが強いんが悪いんか、ぐすくが鈍くさいんが悪いんか…



「いたい…」



 放した頬に手を当てて呟くものだから、再度溜息が出た。



「あー、ごめんなさいねぇ。わるぅございましたぁー」
「うわー、感情篭ってないね」
「てか、ほんま、関西弁しゃべりーさ、関西人」
「いやだよ。だいたい、、関西弁イヤって言ったじゃないか」
「はぁ?」




そんなこと言うわけが無い。じゃあどうしてあたしが関西弁を操っているというのか。



「俺聞いたんだからな。高校のトキ、関西弁がキモチワルイ、って告白断ってたろ!」
「あたしがぁ? 誰と勘違いしてんの、あんた…」
「するわけないだろ! 俺がと他のやつ間違えるわけ無い!」
「ぶっ…あ、あんたな…」
「なに!?」



 なんか、ぷんぷんと、可愛らしく怒ってるんだけど、どうするベキなんかなぁ、この子は…。


「いや、でもほんまに覚えが無いっていうか、お前覗いてたんかい、っていうか…」
「のぞ…! チガ、修学旅行の時で、たまたま、お土産買ってるときに、」
「修学旅行…?」
「っていうか、あんなところで告白なんてしてるのが悪い!」



 あんなところで告白なんか…
 そういえば、あったかもしれない。


   「せめて、もうちょっと場所とか考えられへんかったん、自分」
   「だって、明日には帰るんやろ」
   「…」
   「俺、のことがめっちゃ好っきゃねん、付き合ってください」
   「とりあえず、その似非関西弁キショクワルイ。あんたみたい喋り方のやつとは付き合えません。好きな人もおるんで」
   「な、お前が関東弁のヤツは嫌だって言ったんだろー!」
   「似非関西弁はもっとイヤや! だいいち、ナンパやらするやつの何処に惚れろて、」





「あれか!」
「へ?」



 漸くと思い当たった過去に声をあげれば、ぐすくは、間抜けな声をだした。




「あんた、それ、途中から聞いた…?」
「え、そ、そうだった、かも?」
「ほんで、途中でどっか行ったやろ?」
「だ、だって、人の告白覗くなんて、」
「あれ、相手は関東人で、似非関西弁をしゃべっとったん。昼間強引にナンパしてきよったやつやったから、キツめ言うといただけで、うちは、関西弁のが好きなん、わかった?」



 早口で捲くし立てるように言えば、頭が悪く無いはずの彼は、暫く理解が叶わなかったのか固まったまま。ようやく、動き出したなら、



「な、じゃ、じゃあ、俺なんのために、カナダまで行ったの!?」
「はぁ? そんなもんうちが聞きたいし」




 しかも、あたしには、一言の断りもなしに、行ったのだ。どうしてかなんて、何のためだったかなんて知るわけが無い。




「だって、俺、は関西弁イヤなんだと思ってこれはもう言語改造しかないと…」
「…何、言うてんの?」
「だって、に振られないためには、関西弁しゃべってちゃいけないんだと思って…」
「…ぐすく、まさか、それで海外行った、とか言わへんやんな?」
「だって回りがしゃべってると、俺までつられちゃって、」
「えーと、」
「俺、あのときからが好きだったんだよ…」



  いや、何、しゅんとしてそんなこと言われても…!
 いやいやいや、えーと、とりあえず。




「ちゃんと、関西弁で、言うてぇや」
「…キモチワルいって言わない?」
「言わへんわ、あほ」



 笑ったんはアタシだけで、虚しく響いたそれはすぐにひっこんだ。真剣な目がこちらを向く。




「ずっと。…のこと、好きやった。俺と付き合うてくれへん?」




 時間が、戻ったみたいな気がした。



オマエが何て言うても、俺はこの手を放さへんから
(やっぱり、使い慣れた言葉のほうが、ほんまの気持ちって感じがするから、)


( title by : 赤橙 )
2008.05.25