「悲しむ必要はありませんよ。彼はこの殺し合いの世界から救われたんですから」 「死ぬことが、救いだとでも?」 そんな馬鹿げた話があってたまるか。いや、たとえ、仮にそれが真実だったとしても、其れを悲しむ人がいるかぎりは、許されるべきことではないのだ。善だの、悪だの、そんなもの、右からみるか、左から見るか、それだけで、こんなにも違う答えが出るのならば。尚更に。 「人は、生きていく限り、何かの命を、何かの生きる余地を奪って生きているんです」 けれど、それに人は折り合いを付けて生きているのだ。しょうがないことだ、と。手の届く範囲だけでも守ろうと。 いや、それも可笑しいのだろうけれど、それではやはり済まされないのだ。人に感情があることは問うに及ばぬ事実なのだから。 「君は宗教家か何かか?」 「あなたと同じ軍人ですよ。救われる方法を、知っているだけで。まぁ、家は神社ですが」 神社の子が軍人になるというのも珍しい話だ。まぁ、女の身で軍人であることより珍しいかといえば、然程でも無いかもしれないが。 なるほど、社守の娘なのだと思えば、この説法くささもうなずける。 「あなたこそ、救われてしかるべき人だと、思いますけど」 「君は僕に死ねと言っているのか」 「…? ああ。しかしそれは、ご遠慮願いたいなぁ…」 何処とも知れぬ場所を見ながらに、ぽつりと落とされた言葉。多分そういう意味でなかっただろうことは、少しの間彼女のとった、わけの分からぬといった表情から伝わる。 しかし、違ったかもしれない。神社の、神主や巫女というよりは、 「文学者か何かのような話し方だな」 「反吐が出ますか」 「そこまでは言ってない」 「そこまでは、ですか」 「多少邪魔臭くはあるが」 何処か可笑しそうに、くすり、くすり、押し殺して小さく笑う。 存外、平気そうにも見えるが、… 「まぁ、何も知らない人から軍人に見られることは少ないです」 「なるほど」 会話が途切れ、二人分の雪を踏む音だけが響く。 たしかに、話し方にしろ、雰囲気にしろ、考え方にしろ。制服が浮くほどに、隣の人物は軍人らしからぬ、といった風だ。 僕も、人のことは言えないのかもしれないが。 「彼は、優しすぎた。これで、よかったんですよ」 「…それじゃあ、どうして君は泣いている」 「そう、ですね。祝福の涙と、そして、別れの涙を。友との別れを惜しんで、何の罪がありましょう」 震える声で、あれは、微笑んだつもりだったのだろうか。顔を歪ませ、そのせいで続けて雫が溢れる。 いつだって、それをすくってやっていたのだろう彼は、もうここにはおらず、悔やむだろう、など、僕の勝手な想像にすぎない、けれど、 「できれば、泣かないでくれ」 「…はい?」 「あいつとの、約束だ」 「のこともお願いします。あいつあれで結構…」 考えるように、空を見上げる。 白い息が、消えていく。 続く言葉が出てくるのに、幾分、時がかかった。 「わかってないんで」 苦笑、したのだろう。それだけが、心残りだとでも言う様で、 あまりにも理不尽、すぎた。 ああ。でも。この。戦いこそが。そもそも、 「君を宜しく頼む、と」 「…子供扱いして、イヤな人だ」 掠れた声。手の平で目許を覆うと、口許だけで笑ってみせた。 泣く子をあやすことなど、自分にできようはずもなく、僕にはやはり、無理ではないかと思うよ、西田… 明るく突拍子の無い返答は返らず、冷たい白に残る跡は、二人分。
この世界は君には似合わないものだったね
(きみとはたれのことであったろう) ( title by : トットテルリ ) 2008.05.12
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