例えば、タバコの煙が充満した部屋で、窓を開けることが許されなかったりなんかして、そんな時に嫌味で言った言葉なんかや、気分持たせのために買う飴が毎回同じで、ソレに対してのただ思っただけの言葉だったりに、桐島さんの返答っていうのはいつだって同じもので、それを言った後は、なんでだか、ちょっと困ってるみたいに、悲しいみたいに微笑むから、あたしはそんなにひどい言い方をしただろうかとか、何かいけないことでもいっただろうかって、そんな気持ちにさせられる。
 今だって、そう。掠れたその声で口ずさんでる、その唄の歌詞は、彼の車でも最近良く聞くそれで、好きなんですか、なんて、聞くまでもないけれど、もし、それを、彼と話すためにでもあたしが問いかけたりなんてしたのなら、桐島さんはきっとまた同じように笑うんだろうなって思うと、話しはしたいけれど、なんでか、あの微笑はあたしの心を落ち着かなくさせるから、あまり見たくはなくて、躊躇してしまう。それに、今こうして、大好きな声で、小さくても聞こえてくる唄は、遮ってしまうには、あまりにも勿体無いから、あたしはただ、口を硬く閉ざして、邪魔はしないように、雑誌を読んでるフリをして、全神経を彼へと集中させる。
 突然、ピタリと止んだ歌に、歌詞を忘れたのかもしれない、違うかもしれない、ただ、止まってしまった唄に、酷く落胆する自分がいて、声をかけようか、と、思ったけれど、もしかしたら、またしばらしくしたら歌いだすかもしれないなんて、淡い期待が過ぎた時点で、もうあたしの取る行動は決まっている。少しも見てなんかいない雑誌を、パラリとめくって、興味のあるフリを。カラフルな色合いの服が並ぶそのページをただなでるようにながめて、いたなら、息を吸い込む音に続いて、掠れた声がつむいだのは、先ほどの歌の続き、じゃなかった。
 ドキリ、と、心臓が高く高く悲鳴をあげて、ぎこちなく、上げた視線は、まっすぐな視線と絡まる。


「よう」
「あ…う…ソレ」
「ん?」


 彼が口ずさんだのは、あたしたちのバンドの曲、だ。彼の声だというだけで、こんなにも、まるで、違う唄のようになるなんて。


「…好き、なんですか?」


 あぁ、言いたいことは、いくらもあるはずで、いっぱいいっぱい、あるはずで、なのに、出てくるのは、どうして、この言葉なんだろう。
 案の定桐島さんは、いつもみたいに、ちょっとだけ目を開いて、それからあとに困ったように、悲しいように、笑う。


「好き…かも、な?」


 その表情に、その声に、その台詞に


「なんで、んな顔するかな…」


 ポツリと、落とされた言葉の意味はわからなくて、まるで、あたしの心の声のようだ、タバコに火をつける彼をただ、ただ、見つめるしかできなかった。




title by 赤橙
2010.03.20