「結婚を申し込まれた!?」




 上司の声が響いて、その喧しさに反射で耳に手をあてた。多少無礼ではあるが許してもらいたい。真横で大声を出されたのだ。正常な耳と反射神経を持つ者には、その行為をしないことのほうが難しい。
 左手だけで持つことになった湯呑みを、両手で持ち直した。
 そもそも、そんなに驚くことでもないのではないか。
 休暇中はどうしていたのか、という質問に、何処ぞの青い人物が治める土地に行ったのだと答えたなら、何故か私の上司にはそう見えるらしい「仲良いね…」と彼からのみ、言われ慣れたその台詞をいただいたので、勿論否定をしておいたのだ。また嫌なからかわれかた(・・・・・・・・・)をしたのだと。
 所詮、またあの青いのの戯言である。そうでなければ、あんな意味の分からない巻物(てがみ)を寄越すのでは無く、きちんとした文を、きちんとした国語で寄越すはずではないか。
 やれやれと、再度、からかわれただけだと言おうとして、この場にいるもう一人の人物がめずらしく静かだったことに気付き。どうかしましたか、と声をかける前に、真田様は口をひらいた。




は俺と結婚するのだ」
「旦那!?」
「勿論、佐助にも譲らん」




 むすー、とした顔で口にされた言葉には私よりも、猿飛様が驚いていた。  そりゃあまぁ、そうだろう。少なからず、私だって驚いたのだ。彼の人の口から結婚などという単語が出てくるなんて、まさかもまさか。しかもその相手に上げられたのが自分の名前だなんて…。だいたい、真田様が私を女とは見ていないというのは誰の目から見ても明らかだろうに。
 まぁ、だからこそ、いえる言葉ではあるのだろうけれど。




「…流石に、上司命令、ではないですよね」
「当たり前でしょ!? 何いっちゃってんのさん…!」
「いえ、確認を…」




 違うだろうとは思っていた。だから、聞き方も否定系だったのだ。ただ、仮に命令だったとしたなら、やはりそれも聞く可きなのだろうかと少しだけ疑問には思ったけれど。




「結婚なんて簡単に言わないの!」「二人だけの問題じゃないんだからね!」「だいたい、旦那とじゃ、身分違いもいいとこでしょ」




 言い募る人を見ながら、「それにしても、」呟いたなら、しっかりと拾い上げた人が、「え、なに?」くるり、振り返った。




「我が子に、母様と結婚するって言われた気分ですね」
は母上ではないぞ…」
「…無理がある」




 そうだろうか。でもきっとこんな気分だろう、子供がいたら。
 武田の人は真田様には大概甘い。その武田の中に、私もいるのだ。
 ああ、でも、どう考えても。




「そうですね。母親は猿飛様ですから、私は父親ですかね…?」
「なにそのツッコミどころ満載の台詞!」




 たしかに、それも可笑しいか。そうなると、私と猿飛様が夫婦になってしまうし、母親より格下の父親じゃあ、示しがつかない。




「父親は親方様で、私は従姉妹のお姉さんあたり、ですか」
さん、そろそろ戻ってきて!」


であろう、何にならずともよいのだ」




 こっくり、頷きながら言われた言葉に、真っ直ぐな瞳を見つめ返す。




「本当に…貴方様にお仕えできて光栄に思います」




 こういうとき、やはりすごい人だと思う(子供、なんて滅相もない)
 ただ、私の言った言葉に、不思議そうな顔できょとりと瞳を瞬かせる仕草なんかは、やはりかわいらしいのだけれど。
 それを見て、隣の猿飛様がくすりと笑った。
 さて、結婚云々の話しは何処かにいったままだけれど、蒸し返す人のいないところを見れば、もう解決したのだろう。
 手元の湯呑みを傾ける。ほんのりとだけ残っている温かさに、ほぅ、と息を吐き出す。
 隣では、人の分の団子を食べようとする人と、それを諌める人の声が、いつものように、母と子のようなやり取りをしていた。



君がいる世界は透き通ってキレイ
居心地が良いなんて、本当なら思うべきでもないのかもしれないけれど、






【 title:赤橙/material:tbsf
2008.11.02