さて、自ら出向くというのも、彼の策に嵌ったようで些か不本意である。
 此処まで来ておいて、と、自身思うが、丁度、其れこそ誰某が謀ったのではないかと疑いたくなるほどに、なんとも、お膳立て宜しく、上司から暇をもらったのだ。
 といっても、別に首を切られたわけではない。ただ、「旦那が味占めちゃったみたいだし、しつけ直すかな…」というのが、私の上司の言葉ではある。
 たしかに、此処のところ毎日のように甘味の買出しに遣られるのは、些か閉口していたので、良い頃合だったのではないかと思う。私という逃げ道の無い彼は、今頃、優秀な忍にしっかりとお説教をくらっていることだろう。
 彼の地にいる上司たちに思いを馳せていたなら、
 



「おい、こっ………」




 目の前の襖が開いて、中から、驚いた表情の青い人物が現れた。




「 に、やってんだ、…」
「 …失礼しました」




 出てきてしまったものはしょうがない。不本意ながらに膝をつけば、「いや、そんな話しはしてねぇ」頭上から呆れ声が降ってくる。




「Hahan、さては俺に会いたくなったんだな、全くcuteなKittyちゃんだな」
「国語しゃべれ」




 前後の言葉にも文句を言いたいが、コレの場合、他国の言葉をしゃべるもんだから、更に意味がわからない。少なくとも、私を呼ぶときによく使われる"きてぃ"も"すいーと"も"はにー"も、私の名前では無いのは確かだ。文句をいったところで、いつだって、のどの奥で笑っては「いいねぇ…」ニヤリ、ニヤリ、楽しそうに笑っているのだから、気分が悪い意外の何ものでもない。




「俺に会いにきたんじゃなけりゃ、何しにきたんだ?」




 膝を折ったままの私に、近付くように屈んだ彼は、すこうしだけ首を傾けてみせた。




「小十郎に会いに来たとか言うなよ」
「おられるんですか?」
「いても会わせねぇがな」
「…」




 別に、彼の人に会いにきたわけでは無いけれど、以前世話になった御礼でも、くらいは思っていたのだ。"会わせねぇ"といわれる筋合いは正直私には無いが、彼の上司であるコレが言い出したのなら、彼はきっと会ってはくれないのだろう。




「まぁ、今回の目的はあなたですけど」
「やっぱり俺に会いに来たんじゃねぇか」
「こんなものよこして、よくそんなことが言えますね…」




 取り出した巻物に、瞬きの間だけ驚いた顔をした人は、直ぐに、にんまり、まるで悪戯が成功した子供か何かのように笑った。




「それがどうかしたか?」
「とぼけるのも…」
「Englishを喋るヤツなんて五万といるだろ」




 それは、この国から出たのならたしかにそうかもしれないが、この国の中で言うには適していない。しかも、開いてもいない巻物の中身を、どうして知ってるんだ、この青いのは。




「どうして中身を知っておられるので?」
「さぁてな。うちの諜報部隊がすごいんだろ?」




 そんなわけはない。そんなわけは無いというか、そもそも、どうして私に届いたものの中身を諜報部隊が調べるだろう。が、目の前の人がどうやったって、白を切り通す気なのはわかった。こうなってはどういっても駄目だろう。




「つまり、読んでほしくて来たのか?」
「焼いて捨ててもかまいません」
「Han? わざわざ、ここまで来たのにか」
「…」




 たしかに。焼いて捨てても全く構わないものではある。どうせ、目の前の人物からのものだろうし、また、役立つようなことも書いてはいないだろうし…本当に、今となってはどうして、あのときここに足を向ることにしてしまったのか…疑問というより、後悔しか湧かない。


 無言を肯定と取ったらしい人は、手の中からとった巻物を「どれどれ、」わざとらしく開くと、聞きなれたような他国語を操った。巻物のほうを見ながらだったところを見ると、多分、書いてある言葉、だったのだろう。文字の量の割りに、音が少なかったような気もするが、暗号と同じで幾つかの組み合わせによって読ませるものなのかもしれない。




「一度しかいわねぇからよく聞けよ」




 まだ、一言も読んでくれと頼んでいない私に向かい、口角を持ち上げる。既に巻物から上がった視線は、こちらを向いて、勝手に言葉を紡いだ。




「私はあなたを、     」




I Love You. Please Marry Me!
手紙ですらなかったけれど、こんな記号を書くような人物は一人しか知らない






【 title:赤橙/material:tbsf
2008.09.26